「ゼリア・ダンカン
〜 凛然とした輝き」
美しい歌声でフォークソングやサンバ、さらに前衛的な音楽まで才能豊かに演じるゼリア・ダンカン。MPBで独自路線を貫く女性シンガーの一人としてその評価は年々高まっている。
ゼリアはトップアーティストのなかでもかなりの下積み生活を送っている。1964年リオデジャネイロの隣町のニテロイ生まれ。9才でブラジリアに移り住み、17才の頃、地元で歌手活動を始める。22才でリオへ移ると、その3年後にようやく1stアルバム『Outra Luz』(89)をリリースするも、人々の注目を集めることはできなかった。
それでも地道に音楽活動を続けたゼリアは91年、アラブ首長国連邦に5ヶ月滞在して地元のライブハウスで演奏する機会を得る。砂漠に覆われたこの国での音楽体験が自らの音楽スタイルを見直す大きなきっかけとなった。
ブラジルへ帰国後、やっと回ってきたセカンド・チャンスで、アルバム『Zelia Duncan』(94)をリリース。ここではタニタ・ティカラムの「Cathedral Song」のカバー曲「Catedral
Catedral
Catedral
」、ゼリア自身が作曲した「Nos Lencois Desse Reggae」や「O Meu Lugar」などが反響を呼び、アルバムは25万枚セールスを記録する。
以降、「Enquanto Durmo」、レジアォン・ウルバナの「Quase Sem Querer」、彼女が崇拝するサンパウロのイタマール・アスンサォンの「Codigo de Acesso」や、「Alma
Alma
Alma
」、「Me Revelar
Me Revelar
Me Revelar
」といったヒット曲を生み出していく。
2002年にはライブ盤『Sortimento ao Vivo』(DVDあり)をリリース。04年には『Eu Me Transformo em Outras』でサンバの名曲の「Nega Manhosa」、「Eu Nao Sou Daqui」、「Quando Esse Nego Chega」やフラワー・ムーブメントを代表するザ・ママス&パパスの「Dream a Little Dream of Me」のカバーなど、意外性に富んだレパートリーを披露した。
2005年には8枚目となる『Pre Pos Tudo Bossa Band』をリリース、好調なセールスを記録している。このアルバムでは、レニーニ、モスカ、ルル・サントスらとの共作やセルソ・フォンセカ、マルセロ・マリアーノ、ホベルト・フレジャー、ナナ・ヴァスコンセロス、クリスチアン・オーエンら大物アーティストの参加も話題となり、大きな反響を呼んだ。
遅咲きのゼリア・ダンカンだが、今では同世代の故カシア・エレールやアドリアーナ・カルカニョットと並び、円熟した輝きを放っている。
♪代表曲
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ALMA
ALMA
ALMA
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ME REVELAR
ME REVELAR
ME REVELAR
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CATEDRAL
CATEDRAL
CATEDRAL
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