「ヴィニシウス・ヂ・モライス
〜 愛の詩人」
愛をテーマに詩を書き続け、独自の世界を築いた詩人ヴィニシウス・ヂ・モライス。ボサ・ノヴァが特別な音楽として称賛されるのはトム・ジョビンのメロディー、ジョアン・ジルベルトのリズム&スタイル、そしてヴィニシウスの歌詞によって表現された愛と美のロマンス、この三要素によるところが大きいと言われる。
1913年、リオデジャイロに生まれ、文化的な家庭に育ったヴィニシウスは10代の頃から詩を書き、曲を作っていた。20歳で最初の詩集を発表してから、生涯十数冊の詩集本を出版し、ブラジルの偉大なる詩人カルロス・ドゥルモン・ヂ・アンドラーヂやチリのパブロ・ネルーダらとも親交が深かった。
類い希なるに文学的才能に加え、外国語にも堪能だったヴィニシウスは、ブラジルの大学で文学部と法学部を卒業。その5年後にはイギリスのオックスフォード大学に留学し英語を学んだ。1943年、ブラジル外務省に入省し、外交官を務めながら音楽活動を続け、さらに40年代からは映画批評家・脚本家としても活躍した。しかし1964年、左翼的なポリシーを持つということで、「アルコール中毒」を表向きの理由に解雇された。プライベートではプレイボーイとしても有名で、生涯で実に9度の結婚を経験している。
50年代に入ると初のサンバ「Quando Tu Passas por Mim」を作曲。54年にはのちに『黒いオルフェ』(59)として映画化された戯作『Orfeu da Conceicao』を執筆。56年初演のこの芝居の音楽担当を務めたのは、当時まだ27歳の若きトム・ジョビンであった。二人は劇中の挿入歌として「Lamento do Morro」、「Se Todo Fossem Iguais a Voce」などを生み出している。
その後もヴィニシウスとジョビンは共作を手掛け、58年にはジョアン・ジルベルトが演奏に加わった「Chega de SaudadeChega de SaudadeChega de Saudade」を録音。これが、ボサノヴァの誕生とされる。
二人はほかにも「A felicidade」、「O Nosso Amor」、「Eu Sei que Vou Te AmarEu Sei que Vou Te AmarEu Sei que Vou Te Amar」、「Agua de BeberAgua de BeberAgua de Beber」、「イパネマの娘イパネマの娘イパネマの娘」、「So Danco SambaSo Danco SambaSo Danco Samba」、「Insensatez」、「Ela E CariocaEla E CariocaEla E Carioca」、「Samba do AviaoSamba do AviaoSamba do Aviao」、「Se Todos Fossem Iguais a Voce 」などの永遠の名曲を世に送り出す。
60年代に入ると、ヴィニシウスはさらに多くの作曲家に詩を提供するようになる。名ギタリスト、バーデン・パウエルとは「BerimbauBerimbauBerimbau」、「Canto de OssanhaCanto de OssanhaCanto de Ossanha」、「Samba em Preludio」、「Tempo Feliz」、社会派作曲家カルロス・リラとは「Coisa Mais Linda」、「Sabe Voce」、「Primavera」、「Minha NamoradaMinha NamoradaMinha Namorada」、バイーアの大御所ドリヴァル・カイミとは「Das Rosas」、「Saudade da BahiaSaudade da BahiaSaudade da Bahia」、「Historia de Pescadores」、エドゥ・ロボとは「Arrastao」、「Deus Lhe Pague」などの楽曲が有名でいずれも後世に伝えられる名曲となっている。晩年のピシンギーニャやアリ・バホーゾたちとも仕事をしている。
70年代には最後のパートナーとなるトッキーニョとコンビを結成。二人で「Tarde em ItapoaTarde em ItapoaTarde em Itapoa」、「Regra TresRegra TresRegra Tres」、「Maria Vai Com as Outras」、「A Tonga da Mironga do Kabulete」などの名曲を含めて計20枚のアルバムをリリースした。
1979年に脳溢血に倒れたヴィニシウスは翌年に死去。享年67歳であった。ヴィニシウス本人の歌や、詩の朗読などが収録されたアルバムはには『Vinicius Poesia e Cancao』(66)、『Antologia Poetica』(77)などがある。彼の死後も数多くの復刻盤や、未発表音源集、トリビュート・アルバムなどがリリースが今も続いている。
2005年には、ヴィニシウスの生涯を綴ったドキュメンタリー映画『Vinicius』がブラジルで上映され反響を呼んだ。
ヴィニシウス・ヂ・モライスはブラジル文化が世界で脚光を浴びはじめた時代に活躍した偉大なる才能であったといえよう。
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