「ヴァネッサ・ダ・マタ
〜 MPB界の新発見」
これだけの才能が今までどこに潜んでいたのだろう。ヴァネッサ・ダ・マタについて言えるのはまず歌が"単純に、すごく上手い"。さらに彼女が作る曲はリオやブラジル北東部のトレンドを踏襲しつつも、何か違うリズム、違うハーモニーを見え隠れさせる。
ヴァネッサは1975年、南米大陸のちょうど中心に位置するマット・グロッソ州(パンタナール湿原のある)に生まれた。物心ついた時から黒人とインディオの混血である祖母とブラジル北東部の民謡を歌っていたという。15歳のとき、歌手になることを決心し1人家を出ると、ブラジル内陸の都市で歌いながら、1992年にサンパウロにたどり着いた。
サンパウロでは様々な音楽活動を経験しながら歌手として、作曲家として磨きをかけていく。やがてシコ・セーザルの目にとまり、99年、二人で「A Forca que Nunca Seca」を作曲。この曲はやがてマリア・ベターニアに歌われ2002年ラテン・グラミー・ベスト・ミューシック賞にノミネートされることとなる。
これをきっかけに、ヴァネッサはアナ・カロリーナやダニエラ・メルクリ等に曲を提供したり、ミルトン・ナシメントのライブに参加、マリア・ベターニアとカエターノ・ヴェローゾと三人でライブ共演するなど、MPBのコアに受け入れられていった。
2002年にはファースト・アルバム『Vanessa da Mata』をリリースするも、それまでライブで好評を得ていたレパートリーは一曲も録音せず、200曲以上あるという未公開曲からアルバム曲目を編成した。「Nao Me Deixe So」でジョルジ・ベンジョールさながらのサンバ・ファンクであっという間にブラジルのダンスシーンを席巻したと思いきや、「Nossa Cancao」は彼女の美しい声が際だつバラードで、ドラマのサントラに使われ大ヒットした。
2004年中旬にはセカンド・アルバム『Essa Boneca Tem Manual』をリリースし、更なる進化ぶりを証明した。今、ブラジルでは、「ヴァネッサは新しいガル・コスタだ、いやマリーザ・モンチだ」という論争まであるそうだが、単なるシンガーという枠に収まらないのが彼女の一番の魅力だといえる。
♪代表曲
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NOSSA CANCAO
NOSSA CANCAO
NOSSA CANCAO
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