MC ペルラ

(写真:B.SUN RECORDS)
ペルラ、本名ペルラ・ダ・シルヴァ・フェルナンデスは、1988年、リオデジャネイロのファヴェーラ、ドゥッキ・ヂ・カシーアスで生まれた。ペルラ(=Perlla)という名前は祖父が大ファンだったというウルグアイの歌手ペルラ(=Perla)にちなんで付けられた。エヴァンジェリスト教会で4歳から歌い始め、15歳のときに歌手になることを決めたという。
音楽キャリアの転機が訪れたのは2006年、「
TREMENDO VACILAO
TREMENDO VACILAO
TREMENDO VACILAO
」を録音したデモテープをDJマルボロがプレイしているクラブに行って手渡すことに成功し、ラジオでもかけられ始めるようになったときだった。この曲は同年にリリースされたDJマルボロによるファンキ・カリオカのコンピレーション『Bem Funk』(06)にも収録され、大ヒットとなった。ペルラはこのアルバムが発売される前にすでに月に30本ものショーを行っていたという。ついでTVグローボのノヴェーラの挿入歌となった 「
TOTALMENTE DEMAIS
TOTALMENTE DEMAIS
TOTALMENTE DEMAIS
」が大ヒット。これらの曲が収録された『Eu So Quero Ser Livre』でファンキをポップシーンに定着させ、弱冠18歳にしてその地位を不動のものにした。
ペルラがシーンにおいて画期的だったのは、「論争的」、「攻撃的」などというそれまでのファンキ・カリオカのイメージを一新し、「上品」なファンキを生み出したことにある。ペルラの曲は今やバイリ・ファンキのどんなDJにとっても欠かすことのできないレパートリーとなっているが、ペルラ自身はインタビューで「バイリ・ファンキには行ったことがない」と答えたことがあるし、「今でも教会に通っている」と宗教に対する敬虔さも示している。自分を「ロマンチック」と認めるペルラが歌う歌詞には、「優しさがほしいの、抱いてほしいの/私のロマンチシズムに問題があるとは思わないわ」(「Depois do Amor」)というものもある。
ゴスペルも歌いこなす歌唱力と女性の気持ちを巧みに代弁する独特の情感、キュートなルックスとファッションで、ブラジルのティーンエイジャーのシンボル的存在として各メディアからは常に注目の的である。ブラジルではペルラが着れば、同じ服を探し求めるファンからの問合せが殺到するという超人気ぶり。2007年5月には来日も果たす。2007年7月にはデビューアルバム『Eu So Quero Ser Livre』の日本盤(邦題『エウ・ヴォウ』)がリリース。日本国内におけるファンキシーンをもリードする、現在もっとも旬なアーティストと言えるだろう。
♪代表曲
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TREMENDO VACILAO
TREMENDO VACILAO
TREMENDO VACILAO
♪
TOTALMENTE DEMAIS
TOTALMENTE DEMAIS
TOTALMENTE DEMAIS
♪
DEPOIS DO AMOR
DEPOIS DO AMOR
DEPOIS DO AMOR
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