「パト・フー」

パト・フーは、ミナスジェライス州ベロリゾンチで1992年に結成されたオルタナティブロック・バンドで、ピチカート・ファイヴ、コーネリアスなど、いわゆる渋谷系サウンドのファンとしても知られている。

バンド名「パト・フー」は、アニメのキャラクター、ガーフィールドが実践する武術の一流派、カン・フーならぬ「ガト・フー(猫フー)」をもじったもの。メンバーは、日系の血を引くフェルナンダ・タカイ(ヴォーカル)を筆頭に、ジョン・ウリョア(ギター他)、ヒカルド・コキトゥス(ベース)、シャンヂ・タミエッチ(ドラム、パーカッション)、ルル・カマルゴ(キーボード)。ポップよりなロックをベースとして実験音楽やエレクトロニカの要素を取り入れた曲も作っている。「Depois」、「Made in Japan」、 「Ando Meio Desligado」 「Ando Meio Desligado」 「Ando Meio Desligado」「30,000 Pes」 「30,000 Pes」 「30,000 Pes」 などがヒット曲として挙げられる。

パト・フーは、1992年に最初のデモテープを録音し、その年末からベロリゾンチで演奏活動を始めた。1993年初めにはスカンキ、パララマス・ド・スセッソ、バラォン・ヴェルメーリャ、チタンスといったバンドと共に「Rock Brasil」に参加した。この年に製作したアルバム『Rotomusic de Liquidificapum』は大きな話題にはならなかったが、1995年にリリースしたセカンドアルバム『Gol de Quem?』の成功により、MTVブラジルのヴィデオ・ミュージック賞を獲得した。

2001年にはロック・イン・リオでオアシスやイラ!、ガンズ&ローゼズなどの前座を務めるという栄誉を得た。2002年には『MTV ao Vivo Pato Fu: no Museu de Arte da Pampulha』をCDとDVDでリリース、このショーにはパト・フーの中で最も新しいメンバーとなるルル・カマルゴが初めて参加した。

その後、フェルナンダとジョン夫婦は子供をもうけ、一方で他のメンバーもそれぞれの活動に傾いたが、2005年にはパト・フー独自のレーベル、Rotomusicを創始する。2007年にはフェルナンダが東京で開催されたブラジル・ファッション・ナウでナラ・レオンのレパートリーを歌ったことも記憶に新しい。同コンセプトに基づくソロアルバム『フェルナンダ・タカイ/彼女の瞳の輝く処』(07)はサンパウロ芸術批評家協会の最優秀アルバムに選ばれた。また、短編やクロニクルを集めた初の著書『Nunca Subestime uma Mulherzinha』を刊行した他、バンドとしてのアルバム『Daqui pro Futuro』もリリースしたこの年は、彼女にとって実り多いものだった。

この最新アルバムの中では、「赤ちゃんを持ったことのある人なら/よく知っている/語るべきストーリーがあるってことを/赤ちゃんはもう大きくなったけど/一度も忘れたことはない/その瞳の中に受けた愛を」といった歌詞に親になったことへの素直な喜びが表現されている、その名も 「Mama Papa」 「Mama Papa」 「Mama Papa」 というトラックが、最大の聴きどころの一つであると言ってよいだろう。
→来日インタビュー


♪代表曲
ANDO MEIO DESLIGADO ANDO MEIO DESLIGADO ANDO MEIO DESLIGADO

30000 PES 30000 PES 30000 PES

CITIES IN DUST CITIES IN DUST CITIES IN DUST

MAMA PAPA MAMA PAPA MAMA PAPA

A HORA DA ESTRELA A HORA DA ESTRELA A HORA DA ESTRELA


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