「ネイ・マトグロッソ
〜 禁断の野生美」
高くて女性的な声と挑発的な歌、ユニセックスな魅力で妖しくも独特な美の世界を作り上げたネイ・マトグロッソ。歌手業をメインとしながらも、俳優、劇作家、舞台監督、演出家と多様な表現手段を持つマルチタレントとして活躍するMPB界でも異色の存在である。
1941年、ブラジル中西部マトグロッソ州生まれ。軍人の父を持ち、幼少の頃からヘシフェ、サルバドール、リオデジャネイロといった都市を家族で転々とする。特に音楽教育を受けたことはなかったが、17才の時にブラジリアでボーカル・グループに参加したのをきっかけに芸能活動に傾倒するようになる。25才になると俳優を目指してリオに移り住むものの思うような成果を上げることができず、ピアスなどの装飾品を作るためのパーツを路上で売り生計を立てるヒッピーのような生活をしていたという。
30才でサンパウロへ。ネイは本格的に音楽活動を始め、71年、グラム系ボーカルバンド、セコス・イ・モリャードス(S&M)に加わる。当時、軍事政権下にあったブラジルにおいて、S&Mは顔中を化粧で覆い奇抜な衣装とパフォーマンスで社会のタブーに挑戦する。社会の閉塞感を打ち破ったバンドは、たった2枚のアルバムで驚異の100万枚セールスを記録。しかし、メンバー間の意見の食い違いにより、結成から3年未満であえなく解散する。
ネイはその後、その表現力をさらに開花させ、感動的な美声が両立した希有なパフォーマーとして圧倒的な存在感をみせる。75年には初のソロアルバム『Ney Matogrosso』をリリース。ここでは曲「America do Sul」が話題を集める。
ここから立て続けに『Bandido』(76)、『Pecado』(77)、『Feitico』(78)、『Seu Tipo』(79)といったヒットアルバムを送り出す。なかでもヒタ・リー作曲の「Bandido Corazon」、ボロロの「Da Cor do Pecado」、カエターノ・ヴェローゾの「Tigresa」、「Nao Existe Pecado ao Sul do Equador」などの曲は、ネイの見事な歌唱力がプラスされて大ヒットを収めた。
80年代に入ってもネイの躍進は止むことなく、なかでも"男らしさ"を皮肉って社会現象にまでなった曲「Homem com H」や「Por Debaixo dos Panos」、「Promessas Demais
Promessas Demais
Promessas Demais
」、「Vereda Tropcial」やバラォン・ヴェルメーリョの「Pro Dia Nascer Feliz」や「Por Que a Gente E Assim ?」などのヒットは特筆に価する。
軍事政権が終わった翌年の86年以降、ネイは派手な衣装を脱ぎ捨てると素顔で大衆の前に現れ、その豊かな表現力を活かしMPBの名作曲家たちの作品を表現することに力を入れるようになる。
90年には「Brasileirinho」 などの名曲で知られるギタリスト、故ハファエル・ハベーロとの共作アルバム『A Flor da Pele』でMPBクラシックを演じ、それからも大歌手アンジェラ・マリアの曲を歌った『Estava Escrito』(94)、シコ・ブアルキ曲集の『Um Brasileiro』(96)、ブラジルが世界に誇る名作曲家ヴィラ・ロボスとトム・ジョビンの曲を集めた『O Cair da Tarde』(97)、大歌手カルメン・ミランダの曲を含む古き良き時代の名曲を集めた『Batuque』(01)、カルトーラ曲集『Ney Matogrosso Interpreta Cartola』(02)など数々の名盤をリリース。新たな境地に達した。
2005年にはアルバム『Canto em Qualquer Canto』(05)を録音。イタマール・アスンサォンとナ・オゼッチの共作によるタイトル曲やジョイスの「Ardente」、マリーザ・モンチ、アルナウド・アントゥネス、カルリーニョス・ブラウン、ダジィ・カルヴァーリョ共作の「Ja Te Falei」などが反響を呼ぶなど、ネイの内面から光るその才能は時代が変わっても輝き続けていることを証明した。
社会のタブーと向き合いながら培われた印象的で豊かな表現力は、これからも人々の心を動かし続けるであろう。
♪代表曲
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PROMESSAS DEMAIS
PROMESSAS DEMAIS
PROMESSAS DEMAIS
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