MCレオジーニョ
MCレオジーニョ、本名レオナルド・フレイタス・マンジェーリ・ヂ・ブリートは1977年5月6日リオデジャネイロ州ニテロイ生まれのファンキ歌手・作曲家。
レオジーニョが最初に音楽に触れたのは、10歳のとき祖父からギターをプレゼントされたのがきっかけだった。人生で最初の自作曲「Verao Muito Louco」は、ビーチに近い家で数日を過ごし、ギターを弾いていると自然に生まれてきたという。その後、音楽を学びながら曲作りを続け、17歳から地元のバイリ(ファンキパーティー)に通うようになり、アーティストとしてデビューするチャンスをうかがっていたという。
ファンキ歌手を本気で志すようになったのは、ペット・ショップ・ボーイズやテクノトロニックスなどのグループとの出会いによってだったが、レオジーニョの独自性はそのリズムを幼い頃から親しんできたギターで再現しようとしたところにあった。
そして、DJマルボロとの出会いがレオジーニョにプロになるきっかけとなる。最初のヒット曲「
Ela So Pensa Em Beijar
Ela So Pensa Em Beijar
Ela So Pensa Em Beijar
」は、リオ生まれのファンキ・カリオカを世界に知らしめたDJマルボロプロデュースによるコンピレーションアルバム『Bem Funk』(06)に収録された。同年、「Ela So Pensa em Beijar」を収録した同名のアルバムをリリース。ほかに「
O Show
O Show
O Show
」がノヴェーラ『Cobras e Lagartos』のサントラに選ばれた。
2007年にはジェトゥーリオ・コルテスによってリリースされたジョーヴェン・グアルダのクラシックナンバー、「Negro Gato」のファンキ・ヴァージョンがノヴェーラ『Duas Caras』(07)のサントラに曲が採用されることとなった。
リオのパン屋でサンドイッチ係として働いていたこともあるレオジーニョは、チャレンジしている感覚が好きだと語っている。「パン屋でもそうだった。鉄板の上で3分間にフィレのサンドイッチを5個作らなきゃならないっていうふうにね。俺は自分が出会うもの全てをチャレンジとして受け止めてきたんだよ」。
デビューアルバムのレコーディングのためにスタジオに4ヵ月半こもりきりになり、今やスターとして次第にプライベートの時間が少なくなる生活を送っているが、レオジーニョはこう断言している。「アーティストにとって最高の財産はファンだ。俺のバイリを満員にしてくれるのは彼らだからね」。
♪代表曲
♪
O SHOW
O SHOW
O SHOW
♪
ELA SO PENSA EM BEIJAR
ELA SO PENSA EM BEIJAR
ELA SO PENSA EM BEIJAR
♪
TATUAGEM
TATUAGEM
TATUAGEM
戻る