「マモーナス・アサシナス
〜 伝説のコメディー・バンド」

もともと冗談が大好きなブラジル人の笑いのツボにこれほどハマったバンドがいただろうか。1995年、彗星のごとく現れ、去っていったコメディ・ロックバンド、マモーナス・アサシナスの伝説は今でも語り継がれる。

当時、ブラジルのロック・シーンといえば前年のカート・コバインの死の衝撃やアシェー・ミュージックの大人気に押され、やや停滞気味だった。だが、そんなことはおかまいなしに、サンパウロから突如現れた奇抜なロックバンドはやりたい放題に暴れまわり音楽シーンをかっさらってしまった。

おかしな衣装を着てステージに上がり、演奏中には互いのお尻を触って邪魔をしたり、ドラムの後ろに隠れてわざとらしくアンコールを期待したり、奇抜なパフォーフォマンスで観客を笑わせた。曲の内容も、美女の気を引きたいダサイ男「Pelados em Santos」、オカマの警官「Robocop GayRobocop GayRobocop Gay」、ポルトガル人歌手、ロベルト・レアルをパロディにした「Vira-ViraVira-ViraVira-Vira」、体を洗ったときに石けんについてしまう毛について歌った「Sabao Cra CraSabao Cra CraSabao Cra Cra」、動物たちの交尾を綴った「Mundo AnimalMundo AnimalMundo Animal」、妻の浮気を止められない夫「Bois Don't CryBois Don't CryBois Don't Cryl」、二人っきりの時におならをした彼女に怒る男「Nao Peide Aqui Baby」(ビートルズの「Twist'n Shout」のカバーだがアルバム録音を禁止された)ほか、ユーモラスな内容の曲をヘヴィ・メタルやアシェー、フォホー、セルタネージョといった流行のスタイルで演じてパロディー化した。

メンバーはボーカルで女性に大人気のヂーニョ、日系ブラジル人でギターのベント、ベースのサムエル、ドラムのセルジオとキーボードのジュリオの5人。サンパウロ市郊外のグァルーリョスという町で1989年にユートピアというロックバンドを結成。最初はラッシュ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズやレジアォン・ウルバナなどのカバーが主で、シリアス路線で自作アルバムまでリリースしたが、まったく売れなかった。そんなとき、曲よりもライブ演奏中に交えるジョークやお笑いパフォーマンスの方が大ウケするかもしれないと、路線変更を決める。バンド名もおかしな"マモナース・アサシナス"("必殺パパイヤ"という意味だが、"女性の胸"という意味もある)に改名し、ここにブラジル音楽史上最高のコメディー・バンドが誕生した。

彼等のライブの話題は口コミで主に10代の若者の間に広まり、どのライブも満員になった。そんなファンの一人の父親が大手レコード会社の重役でバンドに関心を持ち、マモーナスは95年にとうとうメジャー契約を結ぶ。

同年リリースしたアルバム『Mamonas Assassinas』の曲はどれもラジオでたちまち大ヒットし、全国的に知られる。アルバムは約200万枚売れ、ロック・アルバムの国内セールス新記録を樹立した。

なんといっても彼等の醍醐味はライブにあり、その大好評ぶりから、バンドは全国を股にかけて週5回の公演、ときには一日に3回もステージに上がるようになる。彼等の評判は国境を越え、いよいよ初の海外ツアーを控えた96年3月、公演帰りのバンドを乗せたチャーター機がサンパウロ市北部の山間部に墜落、メンバーは全員死亡、ブラジル全土に衝撃が走った。

メンバーたちの死後もライブDVD『Mamonas Assassinas』(96)や未発表音源を含むライブ・アルバム『Atencao Creuzebek: A Baixaria Continua』(98)などがリリースされた。

事故から10周年となる2006年にはバンドのストーリーを描いた映画が公開される予定だ。

ブラジル中を笑いの渦に巻き込んだマモナース・アサシナスが悲劇的な最期を遂げたことは、まさに運命のいたずらとしかいいようがない。

♪代表曲
VIRA-VIRA VIRA-VIRA VIRA-VIRA
ROBOCOP GAY ROBOCOP GAY ROBOCOP GAY
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