「ジョルジ・アラガォン
〜 サンバのクールな情熱」
丸い帽子とチャイナカラーの大きなジャケットがトレードマークのジョルジ・アラガォン。彼ほど「愛」をテーマにしてきたサンビスタはいないと言われる。
1949年リオデジャネイロ生まれ。70年代に本格的に音楽活動を開始し、77年に大歌手エルザ・ソアレスが「Malandro」を録音し脚光を浴びる。
そののち、リオ市北部ハーモス地区にあるカーニバル集団(bloco carnavalesco)、カシーキ・ヂ・ハーモスに仲間入りし、アルミール・ギネトやソンブリーニャらの才能あるサンビスタたちとともにサンバ・グループ、フンド・ヂ・キンタルを結成した。フンド・ヂ・キンタルは、タンタン、ヘピッキ・ヂ・マォンといった新しい楽器を取り入れ、家の裏庭やバーのテーブルといった狭い場所や少人数での演奏にも適したセッション・スタイル"パゴーヂ"を打ち立てたサンバ史に残るグループで、メンバーを入れ替えながら現在も活動している。
ジョルジはフンド・ヂ・キンタルのファースト・アルバム『Samba E no Fundo de Quintal Vol.1』(80)に参加したのちにグループを脱退。ソロとしての活動をスタートさせてからは、愛をテーマとしたロマンチックでメロディアスなサンバを多くの歌い手に提供していった。なかでも、フンド時代からの最大の支援者であるベッチ・カルヴァーリョは、70年代後半から80年代にかけて「
Vou Festejar
Vou Festejar
Vou Festejar
」、「
Coisinha do Pai
Coisinha do Pai
Coisinha do Pai
」、「Pe de Vento」などジョルジの手による楽曲を歌い、たくさんのヒットをおさめている。ほかに、アルシオーニの「Mutirao do Amor」、「Na Mesma Proporcao」、「Novo Endereco」、サンドラ・ヂ・サーの「Enredo do Meu Samba」、ゼカ・パゴヂーニョの「Quintal do Ceu」なども有名だ。
ファースト・ソロアルバムは『Jorge Aragao』(81)、そのあとは定期的にアルバムのリリースを続け、コンポーザーとしての地位を確立する傍ら、徐々に歌手としても支持されていった。
99年、これまでのキャリアの集大成としてリリースしたライブアルバム『Jorge Aragao ao Vivo』をきっかけに、歌手としても一気にブレイクする。「Coisa de Pele」、「Feitio de Paixao」など数々の名曲を甘い声で歌い上げるこのアルバムの売上枚数は70万枚を超え、『ao Vivo 2』(00)、『ao Vivo3』(04)とあわせて200万枚セールスに届こうかという驚異の成功を収めた。また2002年には、サンバ界の大物たちをゲストに招いてのコンサート『Jorge Aragao ao Vivo Convida』を開き話題となった。ライブ盤には「Mutirao de Amor」(ゲスト:ゼカ・パゴヂーニョ)、「
Encontro das Aguas
Encontro das Aguas
Encontro das Aguas
」(ジョルジ・ヴェルシーロ)、「Enredo Do Meu Samba」(ゲスト:ベッチ・カルヴァーリョ)、「Espelho d'Agua」(ゲスト:エミリオ・サンチアーゴ)のほか、エルザ・ソアレス、マルチーニョ・ダ・ヴィラ、アルシオーニ、フンド・ヂ・キンタル、レシ・ブランダォンとの夢の共演が収録されている。
愛をテーマにロマンチックな歌声で人々のハートを魅了し、サンバの新たな境地を拓いたジョルジ・アラガォンはゼカ・パゴヂーニョ、マルチーニョ・ダ・ヴィラらと肩を並べるサンバ界のスーパースターの一人である。
♪代表曲
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ENCONTRO DAS AGUAS
ENCONTRO DAS AGUAS
ENCONTRO DAS AGUAS
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VOU FESTEJAR
VOU FESTEJAR
VOU FESTEJAR
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COISINHA DO PAI
COISINHA DO PAI
COISINHA DO PAI
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