「ジョアン・ボスコ
〜 超絶のボイス&ギター」
スキャット、ボイスパーカッションとダイナミックなギターテクニックで世界中のファンを熱く魅了するジョアン・ボスコ。
ミナスの内陸の音楽、サンバ、ジャズ、アフリカ音楽、アラブ系音楽など、あらゆるソースをミックスし表現してきた、MPBでも唯一無二な存在である。
1946年、ミナス州でレバノン系の両親のもとに生まれる。身内に音楽家の多かったジョアンは幼い頃から教会のミサなどで歌うとともに、12才からギターを弾き、やがて作曲するようになる。25才のときに大詩人ヴィニシウス・ヂ・モラエスと出会い、彼に勧められてリオを訪れた。このことがきっかけで音楽の道を本格的に目指すようになる。
1970年にはリオの若き大衆詩人アルヂール・ブランキと共に曲作りをはじめる。そのうちの一曲「Bala com Bala」が大歌手エリス・ヘジーナに歌われ注目を集める。
73年には1stアルバム『Joao Bosco』をリリース。ここではアルヂール・ブランキが殆どの曲の作詞を手掛けている。80年代前半まで続いたアルヂールとの名コンビは、エリス・ヘジーナが歌って大ヒットした「O Mestre Sala dos Mares
O Mestre Sala dos Mares
O Mestre Sala dos Mares
」、「Dois Pra La, Dois Pra Ca」、「O Bebado e o Equilibrista
O Bebado e o Equilibrista
O Bebado e o Equilibrista
」や「Rancho da Goiabada」などのほかにも、「Caca a Raposa」、「De Frente Pra Crime」、「Kid Cavaquinho」、「Latin Lover」、「O Ronco da Cuica」、「Linha de Passe」、「Comissao de Frente」、「Si Si No No」、「Nacao」、「Preta-Porter de Tafeta」など数多くの名曲を残した。
84年の名盤『Gagabiro』ではジョアン・ボスコの代表曲とされる「Papel Marche
Papel Marche
Papel Marche
」が収められた。95年のアルバム『Da Licenca Meu Senhor』ではジルベルト・ジルの「Expresso 2222」、ミルトン・ナシメントの「Pai Grande」、イスマエル・シルヴァの「Se Voce Jurar」、カエターノ・ヴェローゾとシコ・ブアルキの「Pagodespell」など、他アーティストの曲を見事に独自のスタイルに融合させ、円熟した演奏を披露した。
97年のアルバム『As Mil e Uma Aldeias』以降、息子で詩人のフランシスコ・ボスコと父子で曲作りを始める。2003年にはデビュー30周年を祝ってアルバム『Malabaristas do Sinal Vermelho』をリリースし、その健在ぶりをアピールした。
また2003年にはMPBのアーティストたちによる『Songbook Joao Bosco』(3枚組)がリリースされており、ジョアン・ボスコの豊富なレパートリーが結集された形となった。
ジョアン・ボスコは84年ヤマハ世界歌謡祭で初来日して以来、日本で多くのライブを行っており、世界中で広い層のファンを持つ実力派アーティストなのである。
♪代表曲
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O BEBADO E A EQUILIBRISTA
O BEBADO E A EQUILIBRISTA
O BEBADO E A EQUILIBRISTA
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O MESTRE SALA DOS MARES
O MESTRE SALA DOS MARES
O MESTRE SALA DOS MARES
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PAPEL MARCHE
PAPEL MARCHE
PAPEL MARCHE
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