「イヴァン・リンス
〜 世界にひとつだけの音楽」

イヴァン・リンスの音楽ほど変化に富み新鮮味のあるものはない。「僕の音楽と同じものを前に聴いたことがあると誰かに言われたら、音楽をやめるよ」と自ら言うように、イヴァンは長年、自分にしか作れないハーモニーだけを世に送り出してきた。

1945年リオデジャネイロ生まれ。10代のときからジャズやボサノヴァに親しみ、18歳の頃に独学でピアノを覚えると、自作の曲を弾き語りで披露していた。68年より数々の音楽フェスティバルに意欲的にエントリーするようになり、翌69年にはエリス・ヘジーナの歌による「Madalena」がヒット。70年に「O Amor E o Meu Pais」が国際音楽フェスティバルで入賞し、ファースト・アルバム『Agora』を発表するチャンスを手にした。

同じ頃、作詞家ヴィートル・マルチンスと運命の出会いを果たし、二人で曲作りを始める。74年に初の共作「Abre Alas」がヒットを収め、以降、「Aos Nossos Filhos」、「Desesperar Jamais」、「Comecar de Novo Comecar de Novo Comecar de Novo」、「Vitoriosa Vitoriosa Vitoriosa」、「Dinorah Dinorah Dinorah Dinorah Dinorah Dinorah」など70年代、80年代のMPBを代表する名曲の数々を世に送り出し、トム・ジョビンとヴィニシウス、ジョアン・ボスコとアルヂール・ブランキなどと並ぶ名コンビとして、ブラジル音楽史に名を刻んだ。

イヴァンの音楽が海外で注目を集めるまでにそれほど時間は要さなかった。特に米国では、ジャズ界をはじめ多くのトップ・ミュージシャンたちがイヴァンの独創的なハーモニーを絶賛。クィンシー・ジョーンズをはじめ、ジョージ・ベンソン、サラ・ボーン、エラ・フィッツジェラルド、カーメン・マクレエやバーブラ・ストライサンドといった最大級のスターたちがイヴァンの曲を録音している。

海外に活動の場を得たイヴァンは、88年に英語版アルバム『Love Dance』(88)をリリース。また、キューバの偉大なピアニスト、チューチョ・バルデスとの96年のハバナでのライブの様子は、『Ivan Lins, Chucho Valdes e Irakere - Ao Vivo』に収められている。

イヴァンの音楽は多くの人々たちから高い評価を得るようになり、2000年には、彼への賞賛がアルバム『A Love Affair - The Music of Ivan Lins』という形となってリリースされた。スティング、チャカ・カーン、ブレンダ・ラッセル、ヴァネッサ・ウィリアムズといったソウル、アダルトコンテンポラリーの豪華なアーティスト勢がイヴァンの曲をカバーした。

この企画はイヴァンの大ファンだった故マイルス・デイビスが、生前に制作を強く希望していたものでもあった。

一方、ブラジル国内ではノエル・ホーザへのトリビュート作品の『Viva Noel - Tributo a Noel Rosa』(97)やトム・ジョビン曲集『Jobiniando』(02)などを精力的に発表している。

2004年には、33年間に及ぶキャリアを祝うベストヒットライブ盤『Cantando Historias』をリリース。同アルバムは2005年ラテン・グラミー・アワードでベスト・アルバム賞に輝いた。

日本においても88年に初来日して以来、ほぼ毎年日本公演を行う最も親しみのあるブラジル人アーティストの一人として人気が高く、特にクリスマスの時期にはイヴァンの初のプラチナディスクでもあるクリスマス曲集『Um Novo Tempo』(99)を買い求める人も少なくない。 イヴァン・リンスは世界で尊敬され、日本でも数多くのファンに愛されるブラジル人アーティストの代表格である。

♪代表曲
COMECAR DE NOVO COMECAR DE NOVO COMECAR DE NOVO
DINORAH DINORAH DINORAH DINORAH DINORAH DINORAH
VITORIOSA VITORIOSA VITORIOSA
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