「エヂ・モッタ
〜 才能溢れるソウル・マスター」
エヂ・モッタの飽くなき音楽的探求心から生れるグルーヴはファンク、ソウル、レゲエ、ジャズ、ブルース、サンバ、といったあらゆるブラック・ミュージックのジャンルを網羅し、クールで独創的なスタイルを作り出してくれる。
1971年リオデジャネイロ生まれ。叔父にブラジリアン・ソウルの創始者チン・マイアを持つ。幼少時代はディスコ・ミュージック好きの両親とともにアース・ウィンド&ファイアーやスティービー・ワンダーを聴いて育つ。10代になる前から英ヘビメタ・バンドのシン・リジー、レッド・ツェッペリン、フリーなどに傾倒し、やがてリズム&ブルースやアメリカの黒人音楽の源流にたどりつく。
10代半ばから、リオでクラブDJを務め、仲間たちとファンク・グループ"Conexao Japeri"を結成。88年にアルバム『Ed Motta e Conexao Japeri』をリリース。エヂのソウルなボイスから繰り出される「Vamos Dancar」、「Baixo Rio」、「Manuel」などのファンクの楽曲はダンスフロアで爆発的なヒットとなった。
その後グループは解散し、エヂはソロ・アーティストとしての活動を始める。ソロデビューアルバム『Um Contrato com Deus』(90)と2枚目の『Entre e Ouca』(92)のいずれも、自らが歌手、キーボード、ベース、ギター奏者、作曲、アレンジャー、プロデューサーを務めるなど、マルチな才能を発揮する。94年から1年間に渡ってニューヨークに在住。ここで、スティーリー・ダンに代表されるジャズ・ファンク、スティーブン・ソンドハイムなどのブロードウェイ・ミュージカル、ほかにもハリウッド映画音楽やクラシック音楽などに感化され、同時にトム・ジョビンやエドゥ・ロボなどをはじめとする世界的に認められるようなブラジル音楽を再認識する。
帰国後のアルバム『Manual Pratico para Festas, Bailes e Afins Vol.1』(97)はこれまでのファンキーなノリに洗練されたアレンジが施され、曲「Daqui Pro Meier」、「Fora da LeiFora da LeiFora da Lei」、「Falso Milagre do Amor」などが大ヒットする。このころから、アメリカやヨーロッパのクラブ・シーンで注目を集めるようになる。
2001年にはよりジャズ色を強めた『Dwitza』をリリース。2003年にはトラマ・レーベルに移籍し、ファンキーな『Poptical』(03)をリリース。セウ・ジョルジが作詞した「Tem Espaco na Van」、アドリアーナ・カルカニョットと共作した「Eu Avisei」ほか多くの曲が注目を浴びた。
2002年、UKアシッドジャズ・シーンの中心的バンド、インコグニートのアルバム『Who Needs Love』に参加。翌年にはインコグニートのブルーイとともに初来日を果たし、そのステージは人々をダンスフロアへといざなった。
2005年にはアルバム『Aystelum』をリリースし、ここでも高度なジャズ・アレンジを施した曲「E Muita Gig, Vei !!」、「Aystelum」に加え、アルシオーニが参加した初のサンバ「Samba Azul」や「Pharmacias」などを録音して周囲を驚かせた。
世界中の音楽シーンを自由奔放に往き来するエヂ・モッタ。彼が作り上げる音楽はこれからも進化を続けるに違いない。
♪代表曲
♪
FORA DA LEI
FORA DA LEI
FORA DA LEI
♪
COLOMBINA
COLOMBINA
COLOMBINA
戻る