DJマルボロ
marlboro
(写真:POKEBRAS)

DJマルボロ、本名フェルナンド・ルイス・マットス・ダ・マッタは、ブラジル人のDJ、作曲家、会社員、作家であり、ヒップホップやエレクトロニカ、さらにブラジル民衆音楽を融合して自ら作曲し、ポルトガル語詞を付けた「ファヴェーラのファンク」あるいは「ファンキ・カリオカ」の中心人物の一人である。

ポリグラム発のファンキというスタイル初のコンピレーションアルバム、『Funk Brasil 1989」に参加している歌手のプロデュースも行うマルボロは、最近ではヨーロッパやアメリカでも活動し、『Rio Baile Funk - Favela Booty Beats』、『Slum Dunk presents Funk Carioca』、またフィラデルフィアを拠点として活動するDJ兼プロデューサー、ディプロによる『Favela on Blast』などのコンピレーションによって世界的な注目を集めているこのファンキというリズムを普及させつつある。

DJマルボロは1989年にブラジルのDJチャンピオンシップで優勝したことで国内で知られるようになり、現在では国外にまで活動領域を広げ、高い評価を受けている。2003年6月にはニューヨークのセントラルパークで行われたSummer Stageに参加し、このフェスティバルに招待されてプレイした初めてのブラジル人DJとなった。このあと、ニュージャージー、シカゴ、ボストンでもショーを行っている。

キャリア頂点の一つとして2003年にTim FestivalとNokia Trendsを開催し、これによって彼のキャリアはブラジルで知れ渡ることとなった。

さらに翌年の2004年6月、スペイン最大のエレクトロニカ音楽フェスティバルであるSonarにおいてもフィーチャーされた。Brasil 40 Degrees(イギリスのデパートで開かれたブラジルファッションのショー)開催中にはロンドンでプレイした。同年、マルボロはアメリカで3度ショーを行い、フランス、イギリス、ドイツ、クロアチア、スロヴェニア、コロンビアなどを旅した。

今日でも彼はリオのコミュニティやライブハウスでのバイリを続けており、2002年以来FMラジオO Diaで1分あたり400万人のリスナーを持つという番組を放送している。彼はまたO Dia誌の週刊コラムも書いている。加えて、自身の音楽会社からファンキのビッグネームのCDを発売しており、その総数はすでに74枚に上っている。

マルボロはサンパウロに住み、『Baile do Material Escolar(学校教材のバイリ)』、『Baile do Agasalho(防寒具のバイリ)』、『Baile do Brinquedo(おもちゃのバイリ)』といった、生活が不自由な人々のための慈善イベントを年間を通じて行っている。

マルボロは映画、ビデオクリップ、ブラジル人アーティストのミニセリエにも参加している。その軌跡はズエニール・ヴェントゥーラの『Cidade Partida』、エルマーノ・ヴィアーナの『O Mundo Funk Carioca』、ミシェル・エルシュマンの『Abalando os Anos 90』といった本に書き記されている。さらに、彼自身が『Abalando os Anos 90』、『Aventura do DJ Marlboro pela Terra do Funk』という2冊の本を出版している。

2006年にマルボロが編集しリリースした『Bem Funk』というファンキ・カリオカのコンピレーションは世界中で大ヒットとなり、一時は下火になりかけていたファンキブームに再び火がつくきっかけとなった。今やブラジルのティーンエイジャーにカリスマ的な人気を誇るアイドル、ペルラも、マルボロに才能を見出されてこのアルバムにデビュー曲「 Tremendo Vacilao Tremendo Vacilao Tremendo Vacilao」が収録されたことが出発点となっている。マルボロは同年に来日公演も果たしている。

→来日インタビュー
♪代表曲
TREMENDO VACILAO TREMENDO VACILAO TREMENDO VACILAO / PERLLA
SOM DE PRETO SOM DE PRETO SOM DE PRETO / AMILCKA E CHICOLATE
ELA SO PENSA EM BEIJAR ELA SO PENSA EM BEIJAR ELA SO PENSA EM BEIJAR / MC LEOZINHO
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