チャーリー・ブラウン Jr.
charlie brown jr

チャーリー・ブラウン・Jr.は90年代にサントスで結成されたスケーターパンクバンド。カリフォルニアのパンクロックの影響を受けつつハードコアの路線を進み、その歌詞においては若者たちの世界から見た社会への批判を行っている。サンパウロ出身のショラォン以外はメンバー全員がサントス出身である。

恵まれなかった幼少期のあとでサントスにやってきた17歳の少年アレシャンドリ・マギノ・アブラォンは、「ショラォン(泣き虫)」というあだ名を持っていたが、スケートに興味を持つようになった。ある日バーで偶然あるバンドのボーカルを務めると、客席で見ていたある人物が彼を自分のバンドに招いた。

そのバンドのベーシストが抜けたとき、ショラォンは当時たった12歳の子供だった新しいベーシスト、シャンピニョンと知り合いになった。のちにショラォンはシャンピニョンとその友人のドラマー、ペラードを誘って自分のバンドを結成することを決めた。その後マルカォンとチアーゴ(いずれもギター)が加入し、バンドの最初の編成が出来上がった。

バンドは名前のないまま、サントスでショーを続けた。バンド名のインスピレーションは、ショラォンが「チャーリー・ブラウン」という名前のココナッツスタンドに車をぶつけたときにやってきた。「Jr.」はすぐあとに付け足されたが、これは彼らが自分たちを、ハイムンドス、ニルヴァーナ、ブリンク182、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、シコ・サイエンス、ナサォン・ズンビ、プラネット・ヘンプなどのバンドやミュージシャンの世代の「子供」に当たると考えていたためである。

その後、音楽プロデューサー、マルセロ・ヴィエイラはバンドに「デモ」を録音することを勧めた。彼は音楽を気に入り、そのあとすぐにチャーリー・ブラウン・Jr.はヴァージンとの契約を結んだ。

2005年、金銭トラブルに絡んで、シャンピニョン、マルカォン、ペラードがバンドを抜けた(本人たちは、よく言われる「個人的な好みの違い」のためだと言ったが、真の理由は不明である)。それ以後、エイトール・ヴィエイラ・ゴメス(ベース)、ピングイン(アンドレ・ルイス・フーアス、ドラムとベース)、チアーゴ・カスターニョ(ギター、2001年に一度脱退したが再び戻った)が加わり、現在の編成となっている。

この編成で2005年にデビューアルバム『Imunidade Musical』がリリースされた。2007年にはアルバム『Ritmo, Ritual e Responsa - A Musica Tem Comeco, Mas Nao Tem Fim』、またシングル「 Nao Viva em Vao Nao Viva em Vao Nao Viva em Vao 」をリリース。新しいビデオクリップには、ボブ・ブルンキスト、サンドロ・ヂーアス、ミネイリーニョといったスケーターが参加した。Multishow 2007賞では、「 Senhor do Tempo Senhor do Tempo Senhor do Tempo 」で最優秀楽曲賞を獲得した。

現在ブラジルで隆盛しているオルタナティブロックのシーンを牽引するバンドの一つであり、「生きることには勇気が要るのだろうか?/幸せになるために生きろ/空しく生きるな」(「Nao Viva em Vao」)、「毎日何かを学び、君に俺を映し出す/君と一緒に走り、一緒に生きる/俺がやること全ては君のため」(「Senhor do Tempo」)などの歌詞に表れている世界観も、カリスマ的な人気の理由になっていると言えるだろう。

♪代表曲
TE LEVAR TE LEVAR TE LEVAR
PAPO RETO PAPO RETO PAPO RETO
ELA VAI VOLTAR ELA VAI VOLTAR ELA VAI VOLTAR
SENHOR DO TEMPO SENHOR DO TEMPO SENHOR DO TEMPO

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