「カピタル・イニシアル
〜 蘇った80'sバンド」

80年代初頭、ブラジルの真ん中にある人工都市ブラジリアから次々とロック・バンドが出現した。若きバンド・メンバーたちは近代建築ビルに囲まれた空間で、ブラジルの繁栄と空虚を敏感に感じながら時流のパンクやポスト・パンク音楽で自らを表現していた。

なかでも最も脚光を浴びたのが80年代の詩人と言われる故ヘナート・フッソがボーカルのレジアォン・ウルバナのほか、カピタル・イニシアルやパララマス・ド・スセッソであった。

カピタル・イニシアルは83年に結成。メンバーはジーニョ(ボーカル)、ロロ・ジョネス(ギター)、フラビオ(ベース)、フェ・レモス(ドラム)の4人。バンド名の"CAPITAL INICIAL"はポルトガル語で"資本金"という意味で、結成時の彼等が自らの金欠状態を皮肉って付けたという。

バンドはブラジリア、リオ、サンパウロを転々としながらライブ活動を続け、84年にファースト・シングル「Descendo o Rio Nilo」をリリース。その後、ライブで人気を博していた「Musica Urbana Musica Urbana Musica Urbana 」や「Psicopata」に、前述のヘナート・フッソが作詞に加わった「Fatima」や「Veraneio Vascaino」を含めたファースト・アルバム『Capital Inicial』(86)をリリース。アルバムは大反響を得て25万枚のセールスを記録する。

87年にキーボードのボゾ・バヘッティを加え、「Independencia」、「A Portas Fechadas」、「Belos e Malditos」やイギー・ポップの「Passenger」のカバー曲の「O Passageiro」などのヒットを生み出していく。91年のRock in Rio 2では、ガンズ&ローゼス、セプルトゥーラ等と同じ日に出演し、10万人観衆を前に演奏する。

しかし、これをピークに92年からボーカルのジーニョとキーボードのボゾが音楽性の不一致を理由にバンドを脱退。残されたメンバーは新しいボーカルのリマを入れスタジオ・アルバム『Rua 47』(94)で挽回を図るも反響乏しく、バンドは長い低迷期に陥る。

これを見かねてか、98年にはジーニョを含めオリジナル・メンバーが復活。アルバム『Atras dos Olhos』をリリース。新曲「O Mundo」、「Eu Vou Estar」などがヒットし、バンドはやっと上昇のきっかけをつかんだ。

99年にはギターのロロ・ジョネスが離脱したが、同年のアコースティック・ライブ、Acustico MTVには80年代を代表するギタリストでコンポーザーであるキコ・ザンビアンキがゲストで参加。キコの名曲「Primeiros Erros」を始め数々のヒット曲が披露され、新旧のファンを喜ばせた。このライブの模様を録音した『Acustico MTV』(同DVDあり)は驚異の200万枚セールスを記録し、バンドの人気は完全復活を遂げる。

2002年には、日本でもファンの多いヘビメタ・バンド、Viperの元ギタリスト、イブ・パシャレルが加入。ロック・サウンドの高みをさらに目指す心意気を感じさせた。最新の2枚のアルバム『Rosas e Vinho Tinto』(02)と『Gigante』(04)からも「A Sua Maneira」、「Olhos Vermelhos Olhos Vermelhos Olhos Vermelhos 」、「Incondicionalmente」など複数の曲がラジオ・チャート上位を賑わし、バンドはますますの成熟ぶりを見せている。

♪代表曲
QUE PAIS E ESSE? QUE PAIS E ESSE? QUE PAIS E ESSE?
OLHOS VERMELHOS OLHOS VERMELHOS OLHOS VERMELHOS
NATASHA NATASHA NATASHA
QUATRO VEZES VOCE QUATRO VEZES VOCE QUATRO VEZES VOCE
COMO DEVIA ESTAR COMO DEVIA ESTAR COMO DEVIA ESTAR
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