「バラォン・ヴェルメーリョ
〜 リオのロックンロール魂」

ブラジリアン・ロック界で一番ロックンロールなバンド、"リオのローリング・ストーンズ"または"赤の男爵"ことバラォン・ヴェルメーリョ。

もとは80年代はじめのリオでストーンズやレッド・ツェッペリンのカバー・バンドとして誕生した。初期メンバーはリーダーのホベルト・フレジャー(ボーカル&ギター)、グト・ゴッフィ(ドラム)、マウリシオ・バホス(キーボード)、デー(ベース)の4人。結成間もなく80年代を代表するアーティストとなるカズーザがメイン・ボーカルに加わった。

カズーザがソロ活動のために脱退する85年まで、デビューアルバム『Barao Vermelho』(82)を含む3枚のアルバムをリリースし、「Pro Dia Nascer Feliz」「Bete Balanco」、「Maior Abandonado」などで爆発的な人気を得る。

カズーザ脱退後はフレジャーがリード・ボーカルを務め、バンドはよりブルージーで、ハードロック路線を踏襲したアルバムをリリース。「Declare Guerra」、「Quem Me Olha So」、「Pense e Dance」、そして1990年にエイズで亡くなったカズーザへのオマージュである「O Poeta Esta Vivo(詩人は死せず)」などのヒットを出していく。80年代のバラォンの名曲の多くはライブ盤『Barao ao Vivo』(89)で聴くことができる。

92年にはアルバム『Supermercado da Vida』をリリースし、「Pedra, Flor e Espinho」、「Furia e Folia」、「Flores do Mal」などのヒットを生む。このときベースを務めたのはノーヴォス・バイアーノスやア・コール・ド・ソンのメンバーとして活躍し、トリバリスタスのレコーディングにも参加したことで知られるダージ。95年の巨大ロック・フェスティバル、Hollywood Rockでは崇拝するローリング・ストーンズの前座を務めた。

96年にはサンバの重鎮ベゼーハ・ダ・シウバの曲「Malandragem Da Um Tempo」のロック・バージョンがヒットし、これを収めたアルバム『Album』(96)は40万枚セールスを記録する。次のアルバム『Puro Extase』(98)は名プロデューサーのDJメメが手掛け、タイトル曲のほか「Quando Voce Nao Esta Por Perto」、「Por Voce」などがヒットする。99年にはセミアコースティック・アルバム『Balada MTV』で過去のヒットを披露した。

2001年のロック・イン・リオ出演後にリーダーのフレジャーがソロ活動に専念することを宣言し、バンドは一旦解散することとなる。3年後の2004年にやっと再結成され、14枚目アルバム『Barao Vermelho』(04)をリリース。新曲「Cuidado Cuidado Cuidado 」や「A Chave da Porta da Frente A Chave da Porta da Frente A Chave da Porta da Frente 」などがバンドの復活を待ち望んだファンを喜ばせた。
現在のメンバーはホベルト・フレジャー(ボーカル&ギター)、ホドリゴ・サントス(ベース)、グト・ゴッフィ(ドラム)、ペニーニャ(パーカッション)の4人。2005年にはライブ・アルバムのリリースが噂される。

バラォン・ヴェルメーリョはチタンスパララマス・ド・スセッソ等とともに80年代からブラジリアン・ロックを代表するバンドである。

♪代表曲
CODINOME BEIJA-FLOR CODINOME BEIJA-FLOR CODINOME BEIJA-FLOR
CUIDADO CUIDADO CUIDADO
A CHAVE DA PORTA DA FRENTE A CHAVE DA PORTA DA FRENTE A CHAVE DA PORTA DA FRENTE
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