「バーデン・パウエル
〜 ブラジリアン・ギターの巨匠」
超絶技巧派ギタリストとして世界的に知られるバーデン・パウエル。圧倒的な音量と凄まじいリズム感に支えられ、サンバにジャズやクラシック音楽を融合させた独特のメロディーと旋律を繰り広げる。
1937年、リオデジャネイロ郊外に生まれる。靴屋を営みながらバイオリンを演奏していた父の影響を受け、幼少の頃はバイオリンを弾いていたバーデンであったが、8歳から自らの意志でクラシック・ギターを習い始める。彼の最初の先生となったのは、ショーロ奏者のメイラ(ジャイミ・フロレンセ)であった。9歳から人前で演奏、12歳になるとリオの音楽学校で音楽の基礎知識、作曲などについて学び、わずか15歳でプロ・ミュージシャンとしてデビュー。サンバ、ジャズ、クラシックほか、あらゆるジャンルをこなせるバーデンは、弱冠18歳にしてコパカバーナのナイトクラブ・シーンで活躍するギタリストへと成長していく。
やがて当時の大歌手アライジ・コスタ、アンジェラ・マリア、ドリス・モンテイロ、マイーザなどのバックバンドで弾くようになり、レコード制作現場でもアレンジャーとして活躍する。58年、ビリー・ブランコとの共作で大歌手ルシオ・アルヴェスが歌った「Samba Triste」はバーデン初のヒットとなり、翌59年には自身のファースト・アルバム『Apresentando Baden Powell e Seu Violao』をリリースした。
62年に詩人ヴィニシウス・ヂ・モラエスと出会ったバーデンは、共作で数々の名曲を生み出していく。ブラジル音楽史に残るこの名コンビは"酒豪コンビ"としても有名だった。今ではボサノヴァ・クラシックとされる「Samba em Preludio」、「Deixa
Deixa
Deixa」、「Tempo Feliz」、フランス映画『男と女』(66)のサントラに使われた「Samba da Bencao(祝福のサンバ)」などを世に送り出すほか、アフリカ系宗教カンドンブレの影響を色濃く反映した「アフロ-サンバ」と称される曲群の「Berimbau」、「Canto de Ossanha(オサーニャの歌)」、「Bocoche」なども評価が高い。
60年代後半は作詞家パウロ・セーザル・ピニェイロと共に作曲し、当時人気上昇中だったエリス・ヘジーナが歌ってヒットした「Lapinha」、「Samba do Perdao」、「Quaquaraquaqua (Vou deitar e rolar) 」、「Aviso aos Navegantes」のほか、「Sermao」、「Dialogo」などを世に送り出した。
やがて、ヨーロッパ各地でも高い評価を得るようになったバーデンは、ドイツやフランスなどでコンサートや録音を繰り返し行っている。この時期にフランスで録音されたアルバムは2003年に『O Universo Musical de Baden Powell』(2枚組)として復刻されたほか、フランス人アーティスト、ピエール・バルーがバーデンの力を借りて撮影したドキュメンタリー作品『Saravah 時空を超えた散歩、または出逢い ピエール・バルーとブラジル音楽1969~2003~』(03)には当時の若きバーデンの姿が記録されている。
70年代以降はヨーロッパに活動の拠点を移し、その後90年代終わりまでフランスやドイツ在住、ギタリストとしての道を追求していく。その間、75年に結婚したシルヴィア・エウジェネアとの間に現在ピアニストのフィリップ・バーデンと、ギタリストのルイ・マルセルの二人の息子が生まれる。ふたりの息子とは1994年にリオでコンサートを行い、この模様は『Baden Powell & Filhos』というライブアルバムとしてリリースしている。
晩年、糖尿病とアルコール依存症に苛まれていたバーデンは、90年代後半にブラジルに戻る。往年のMPBクラシックを演じたラスト・アルバム『Lembranca』(00)を置き土産に2000年9月、リオで他界した。
バーデンの死後、デビューした59年から72年までのアルバム13枚がCDボックス『Baden Powell』(03)に復刻され、さらにバーデンの晩年を記録したフランス制作ドキュメンタリーDVD『ヴェーリョ・アミーゴ〜バーデン・パウエルの音楽的世界』(03)もリリースされた。
バーデン・パウエルは、"現代クラシック・ギター奏法の父"とされるノアンドレス・セゴビア、"ジャズ・ギタリストの開祖"ジャンゴ・ラインハルトや"ロック・ギターの革命児"ジミ・ヘンドリックス等と肩を並べる20世紀の偉大なるギタリストのひとりとして、人々の心の中で生き続けている。
♪代表曲
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BERIMBAU
BERIMBAU
BERIMBAU
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