「アレシャンドリ・ピレス
〜 パゴーヂからラテン・ミュージックを制覇」


ここ数年であっという間に世界中のラテン・ミュージックファンから注目されるようになったアレシャンドリ・ピレス。黒豹のような風貌に、黒人特有のソウルに溢れた力強い声は聴く者を釘付けにする。

アレシャンドリのキャリアは1989年、13歳のときに8人の友人と結成したパゴーヂ・グループ、So Pra Contrariar(SPC)のメイン・ボーカルとして始まる。
90年代に入るとロマンチックな歌詞とメロディをフィーチャーした"ロマンチック・パゴーヂ"の時代が到来。SPCはボーカルのよさが受け入れられ、アレシャンドリ在籍中の8枚のアルバムで1千万枚を売り上げる驚異の人気グループとなった。

97年には大ヒット曲「Depois do Prazer」を収録した5枚目アルバム『So Pra Contrariar』がブラジル音楽史上初の三百万枚のセールスを記録。翌年、モナコで開催されたワールド・ミュージック・アウォーズに招待されたSPCの演奏は世界中の観客に高く評価された。

これをきっかけにラテン市場へ向けた活動を開始したSPCは、98年にヒットナンバーをスペイン語で歌ったアルバム『So Pra Contraria』を、99年に『Juegos de Amor』("ラテンの女王"グロリア・エステファンが「Santo Santo」にゲスト参加)を次々とリリースして成功を収める。

2001年にはアレシャンドリがアルバム『Alexandre Pires』で待望のソロデビューを果たす。ラテン市場向けにスペイン語で歌ったこのアルバムは、その後『E por Amor』というタイトルでブラジル盤(全曲ポルトガル語)としてもリリースされた。

数々のヒット曲を生んだこのアルバムのなかでも「Es por Amor」や「Usted Se Me Llevo La Vida」は2002年のラテン・ビルボードTOP10に長く留まり、アレシャンドリに03年のラテン・ビルボードHot Latin Track部門の年間アーティスト賞をもたらした。

2002年には語りと歌で構成した企画アルバム『Minha Vida Minha Cancao』をリリース。またソロ活動に専念するため正式にSPCを脱退。SPC時代最後の姿はライブCD&DVD「SPC-Acustico」(02)に記録されている。

2003年には『Estrella Guia』(ブラジル盤タイトル『Estrela Guia』)をリリース。スペインのポップス界を代表するアレハンドロ・サンス(「Solo que me Falta」)、ロサリオ・フローレス(「Inseguridad」)との共演や「Amame (Vem me Amar) 」、「Bum Bum Bum」などのヒット曲が話題を呼ぶ。

2004年には往年のMPBの名曲を歌ったアルバム『Alma Brasileira』をラテン市場向けにリリースする一方、ブラジル国内では『Alto-Falante』を発売し、R&B、サンバソウルといった様々なスタイルの曲を披露。自身が作曲に加わり、両アルバムに収録された「 Cosa del Destino (Coisa do Destino) Cosa del Destino (Coisa do Destino) Cosa del Destino (Coisa do Destino) 」が各国でヒットするほか、『Alto-Falante』でファッチ・ファミリーと熱演した「Ao Sentir o Amor」(ジェフリー・オズボーン作曲「On The Wings of Love」のカバー)が大きな反響を呼んでいる。

声一本でいまやラテン・ミュージック界を代表するブラジリアン・アーティストとなったアレシャンドリ。今後も活躍が期待される。

♪代表曲
COISA DO DESTINO / COSA DEL DESTINO COISA DO DESTINO / COSA DEL DESTINO COISA DO DESTINO / COSA DEL DESTINO
AMAME / VEM ME AMAR AMAME / VEM ME AMAR AMAME / VEM ME AMAR
A MUSA DAS MINHAS CANCOES A MUSA DAS MINHAS CANCOES A MUSA DAS MINHAS CANCOES
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