「アルシオーニ
〜 大衆を魅了する栗色のディーバ」

もはやサンバの枠に収まらないブラジル音楽界の偉大なるディーバ、アルシオーニ。彼女の黒人特有の奥深くソウルフルな声は、それを聴く者の心を芯から揺さぶる。

1947年、ブラジル北部マラニョン州の海岸都市サン・ルイスで誕生する。父は警察官でジャズバンドのリーダー、母は音楽学校の先生と、幼い頃から音楽に囲まれて育ったアルシオーニは12才のころから父親のバンドで歌い始める。この頃すでに、将来、彼女の生涯の愛称となる"マホン"(栗色の女の子)と呼ばれていたという。

歌の道を進むことを決意したアルシオーニは68年、21才でリオデジャネイロに単身で移り、昼はレコード店で働き、夜はコパカバーナのナイトクラブでサンバやボサノヴァを歌う生活を始める。徐々に才能が認められ、テレビの歌番組やコンサートで歌ったり、シングルを録音したりする機会にも幾度か恵まれるようになる。

74年、ファースト・アルバム『A Voz do Samba』をリリースすると「Nao Deixe o Samba Morrer Nao Deixe o Samba Morrer Nao Deixe o Samba Morrer」が大ヒット。マホンは一躍スターダムにのし上がっていく。以降、毎年アルバムを発表するたびに、悲しい愛をテーマにした哀愁あるサンバやロマンチック・バラードで人々を魅了していった。

「Sufoco」、「Qualquer Dia Desses」、「Gostoso Veneno」、「Nem Morta」、「Garoto Maroto」、「Estranha Loucura」をはじめ、カルトーラの「Autonomia」、「Ou Ela ou Eu」、「Meu Vicio E Voce」、「Pior E que Eu Gosto」、大好きなエスコーラ、マンゲイラへのオマージュである「Mangueira Estacao Primeira」など、アルシオーニの歌はそれまでサンバを聴くことのなかった階層をも巻き込んでの大ヒットを収める。そして、いつしか常に数十万枚のアルバムセールスを記録するスター歌手となっていった。

96年のアルバム『Tempo de Guarnice』ではスティービー・ワンダーの「Overjoyed」を見事に歌いこなし、サンバの世界にとどまらない幅広い技量を見せつける。2000年には親友の故クララ・ヌネスへのオマージュ・アルバム『Claridade - Uma Homenagem a Clara Nunes』をリリース、クララの往年のヒット「Canto das Tres Racas」、「O Mar Serenou」、「Morena de Angola」ほか14曲をカバーしている。

その後もアルバム『A Paixao Tem Memoria』(01)の「Alem da Cama」、ライブ盤の『Alcione ao Vivo』(02, DVDあり)からは「Depois do Prazer」、『Faz Uma Loucura por Mim』(04)ではアルバムタイトル曲や「Voce Me Vira a Cabeca」がヒットチャートを賑わせた。最新作『Uma Nova Paixao』(05)からもアルバムタイトル曲のほか「Uma Nova Paixao」やドラマ「アメリカ」サントラのサンバ編『America Berco do Samba』にも収録された「Meu Ebano Meu Ebano Meu Ebano」など、ヒットが絶えることは無い。

年を重ねるごとに衰えるどころかその魅力を増していく歌唱力でその存在感を見せつけるアルシオーニ。彼女は世界中のサンバファンのみならず、全てのブラジル音楽ファンに愛されるスーパーシンガーとなったのである。

♪代表曲
MEU EBANO MEU EBANO MEU EBANO
LINDA FLOR LINDA FLOR LINDA FLOR
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